新刊短評『Original Grand Crus of Burgundy』Charles Curtis MW

posted by 立花峰夫 2015-8-15

 

全国3500万人のブルゴーニュフィルの皆様、お待たせしました。とうとう見つかったのです。何が? 永遠が、海に溶け込む太陽が、ではなくて、ブルゴーニュの昔々の格付けについてまとめたマニア垂涎の書籍です。

The Original Grands Crus of Burgundy
Charles Curtis MW 著

去年の暮れにひっそり出版された本で、その頃いくつか書評が出てはいたのですが、「ふーん、でもいいや。ボクはブルオタでもレキジョでもないから」とスルーしていました。しかし、アマゾンは執拗にこの本を買えと推してきます。私にとって、アマゾンはお母さんのような存在です。本はもちろんのこと、家電製品から歯磨き粉に至るまで、何でも翌日には届けてくれる彼女。私のことを世界で一番よく知っていて、おそらく一番愛してくれてもいます。

そんなママンが勧めるのなら、と思って「商品を見る」をクリックすると、価格が爆安の1,122円! しかもキンドル版のみという思い切りのよさっ。ちなみに、私が諸先輩と一緒に訳した『ブルゴーニュワイン大全』(白水社刊)は12,960円もします。もちろん紙バージョンしかありません。

というわけで先日ポチっと買ったのですが、これがなかなか「ほほう」と顎を撫でてしまう本でして。まだ拾い読みしただけですが。

ご存じのように、ブルゴーニュの公式格付けはAOCシステムが成立した1930年代後半に出来上がったものですが、その礎になったものとして、1855年に発表されたジュール・ラヴァル大先生の格付け、『 Histoire et Statistique de la Vignes des Grands Vins de la Cote d’Or 』というのがあったのです。ラヴァル大先生については、先日ジェーン・アンソンがデカンターのウェブに書いていましたので、詳しくはこちらをご参照ください。

このラヴァル大先生のあとには、1920年代に発表されたカミーユ・ロディエの格付けがなどあり、ラヴァル大先生自身も、その先達である1831年のドゥニ・モルロや1815年のアンドレ・ジュリアンの仕事、さらに前の1778年のアッベ・クロード・クルテペ、1728年のクロード・アルヌーの仕事などをもとに自分の格付けを作成しています。コート・ドールという土地が、いかに昔から畑のテロワールを強く意識してきたかが窺えますね。

で、この本は、こうした昔々の人たちが書いた資料の中から、面白いところだけを英語に抄訳してまとめたものです。本場のブルオタは気合いが違います。著者のチャールズ・カーティスは、村ごとに情報をまとめてくれていますから、「サヴィニの畑についてなんだけど、ラヴァルとモルロの意見は微妙に違っていてね。興味深いのは・・・」といった、さも何もかも知っているかのような神トークが、ワイン会の前にちょっと斜め読みするだけでできてしまいます。「ジュヴレで最高のワインが、1654年にいくらだったか聞いたらみんな驚くよ。なんと64リーヴルだったっていうんだから!」とか、是非とも披露してみたい豆知識ですよね。

なお、この本の書評を発表したクライヴ・コーツは、「歴史的人物たちが下した畑の評価を縦に通して読んでみると、時代や人によって見方が違っている点よりも、ずっと変わらない点のほうが圧倒的に多かったのが印象的だった」という趣旨のことを書いています。ブルゴーニュワインの醸造に関していえば、アンソニー・ハンソンがかつて詳らかにしたように、時代時代によってめまぐるしく変わってきました。50年前のブルゴーニュワイン、100年前のブルゴーニュワイン、200年前のブルゴーニュワインはすべて「別物」といっていいぐらいスタイルが違うのです。しかし、どんなふうに仕込もうと、畑のポテンシャルへの評価が揺らがないというのは、とても感動的な話に思われます。いまから100年後のブルゴーニュワインは、きっと私たちが現在飲んでいるものとは似ても似つかないものになっているのでしょうけれど、それでもミュジニやリシュブール、シュヴァリエ・モンラッシェなどは、目がくらむほどの眩しい光を放っているに違いありません。たぶん。

Kindle本は、専用端末をお持ちでない方でもスマホやタブレット、PCで読めますので、ご興味のある方はぜひ。

なお、ラヴァル大先生の原書は、こちらでPC上の閲読が可能です。