新刊短評『Circle of Vines』Richard Figiel

posted by 立花峰夫 2015.8.1

 

Circle of Vines』という、ニューヨーク州での葡萄栽培・ワイン生産の歴史について書いた本(2014年10月出版)を読んでいるのですが、これがなかなか面白い。

著者は、Richard Figielという人物。フィンガー・レイクス地区にあるSilver Thread Vineyardというワイナリーのオーナーとして、設立の1982年から売却の2011年まで実際に生産に携わっていた人だそうです(地元ではそこそこ有名なワイナリーのようですが、日本には輸入されていません)。

真ん中過ぎまで読み進めたところで、ニューヨーク州ヴィニフェラの父、コンスタンティン・フランク博士物語が出てくるのですが、これが読ませます&泣かせます。苦労人です。演歌です。この人はウクライナからの亡命者で、母国では運転手がいたぐらい偉い葡萄栽培研究者だったのですが、いろいろあって逃げてきたニューヨークでは女房子供を抱えて無一文、英語も話せず皿洗いから再スタートします。そのあと、ニューヨークでは「無理」または「コストが合わない」とされていたヴィニフェラ栽培を、なんとか軌道に乗せるために驀進するのですが、これがえげつないド根性ストーリーでして、6年のあいだに一人執念で接ぎ木した苗の数がなんと25万本。12のヴィニフェラ品種を58の台木と組み合わせて9種類の土壌に植えるという試行錯誤(かけ算すると6264通り)をひたすら続け、遂にリースリング、シャルドネ、ピノ・ノワールの栽培に成功したのでした。1950年代後半の話です。いやあ、あの時代の亡命ロシア人は鍛え方が違いますね。

この本を読んで初めて知ったのですが、フランク博士はニューヨークのジェニーヴァにある栽培研究所で、ネルソン・シャウリスと少しのあいだ一緒に働いていたことがあったそうです。シャウリスというのは、キャノピー・マネジメントの創始者にしてリチャード・スマートのお師匠という大変偉くて有名な学者さんでして、Geneva Double Curtainという仕立てを開発したり、世界初の葡萄機械収穫機を開発したりしました。で、フランクとシャウリスは意見が全く合わず(シャウリスはハイブリッド品種の擁護者です)、死ぬまでずっと犬猿の仲だったそうな。シャウリスはフランク博士について、「フィロキセラよりもタチが悪い」と評していたそうですから強烈です。

たしかにフランク博士は、壁を破る偉人にはありがちなことですが、ちょっと(というかかなり)キチ○イじみたところのある人だったようです。晩年は、ルーマニアの大変怪しい論文をもとに、ハイブリッド品種のワインを飲むと人体に悪影響が出るとそこら中で触れて回って、地元で大変ひんしゅくを買ったのだとか。とはいえ、ヴィニフェラをやりたい人に対しては、無料で知恵と経験を惜しみなく与えたそうですから、やっぱり偉い人には違いありません。

フランク博士が創設した蔵のワインは、ニューヨークワインの専門輸入元、GO TO WINEさんが日本に輸入しています。