翻訳コラム「二番成り葡萄のクラレットとブショネ」

posted by 立花峰夫 2015.8.22

自宅の本棚にあったとあるワイン小説を再読していますと、「二番成り葡萄のクラレット」というフレーズが登場しました。イギリスの小説家が書いた作品の翻訳です。副梢に成るダメ果実を集めてワインにすることはどこの国でもありますが、文脈からするとここは高級ワインでないとちょっとおかしいという箇所でして、「あ、これはsecond growthの誤訳だな」と気づきました。原文を確認したわけではないのですが、まず間違いないだろうと思います。ボルドーの格付け、例えば二級のことをフランス語で douxieme cru といいますが、この言葉はsecond gwowthと英訳するのが決まりなのです。Cruの語が、英語のgrowに相当するフランス語の動詞croitreの過去分詞形なので、growthが訳語になっているのだとWikiにありました。

この作品、非常にいい小説なので、また改めてご紹介しようと思うのですが、翻訳をされたのは立派な訳文を書く立派なキャリアの訳者さんです。私もさんざん「ザ・誤訳 恥辱の歴史」を重ねてきた身の上なので、人様の誤訳を非難するつもりはなく、「不幸な事故でしたね」という同情心からこの投稿を書いています。こういう簡単な言葉の組み合わせで、なんとなく別の解釈でも筋が通りそうに見えて、実は全然別の意味というのが一番怖いのです。

リーダーズプラスやランダムハウスといったデカい英和辞典でgrowthで引くと、「収穫地別のワインの等級」という意味はちゃんと載っています。が、なんとなくの解釈で意味がそれなりに通ってしまうと、そこから念のために辞書を引くのはなかなか難しい。私だって、英語のワイン本をさんざん読んできたので、growth = cru というのを知っていましたが、そうでなければこの言葉で辞書を引けるかどうかかなり怪しいです。

私が一番最近やらかした失敗は、「プロヴァンスでは交通渋滞のことをブショネと呼ぶ」という一文に、ご丁寧にも「ブショネ=コルク臭のこと」という大間違いの訳注をつけたというものです。堀賢一さんからのご指摘でわかったのですが、ここでいうブショネはコルクで栓をするという動詞 bouchonnerの過去分詞形で、訳注を付けるのであれば、「ブショネ=コルクで打栓された」でなければならなかったのです。プロヴァンスに限らずフランス語では渋滞をブション(コルク栓)と言うそうで、これは道路をワインの瓶に見立てて、「先が詰まっていて液が流れない」状態を指す比喩になっています。

フランス語の辞書でブション bouchonを引くと、「交通渋滞」という意味が4番目ぐらいにしっかり載っています。しかし馬鹿な私は、ブショネ=コルク臭と短絡し、「非常に不快な現象だから交通渋滞なのだな」と、ちょっとした違和感がありつつも納得してしまい、辞書を引きませんでした。ひらすらに自分を恥じ、海より深く反省しております。

活字になってしまったこの大失策、一刻も早く訂正したくて仕方ないのですが、重版がかからずそのままになっています。カーミット・リンチ著『最高のワインを買い付ける』の「家路へ」という章の冒頭です。この場を借りてお詫びと訂正申し上げます。トホホ。

以上、ワイン翻訳あるあるでした。