新刊短評『Wines of France』 Benjamin Lewin MW


posted by 立花峰夫 2015.9.30

フランスのワイン産地の中で、平均価格が一番安い産地ってどこだと思われますか? ラングドック? と思いますよね。が、答えはボージョレです。ボトル1本あたりの価格を比べると、ラングドックは2ユーロちょっと、ボージョレは1.7ユーロぐらいだそう。一番高いのは予想どおりシャンパーニュで14ユーロ強、ブルゴーニュは8ユーロ弱、ボルドーは6ユーロ弱であります。

つい先日、ボージョレの生産者が500名弱集まって「値段安すぎっ」とデモをやったというニュースが出ていました。Le Panの記事によると、今年収穫されたブドウに対し、ボージョレの大手ネゴシアンは栽培家に1ヘクトリットルあたり180ユーロしか支払わないという噂が流れ(去年の218ユーロから2割近くダウン)、怒りの声が街を埋めたということらしいです。この180ユーロをボトルに換算してドルにすると、1.5ドルほど。なるほど、最低記録更新というわけでしょうか。

ボージョレの悲しい現実についてはまたいずれにしまして、この産地別平均価格のデータが掲載されていたのは、ベンジャミン・ルーウィン翁の新刊です。そう、また出たのでした。ピノ、カベルネにフォーカスした品種本2冊のあと、今度はフランスをテーマにした本で、その名も『Wines of France』。例によって600ページオーバーの大作で、今のところ紙版しかありませんが、前作のClaret&CabがKindleでも出ているので、いずれ電子版も出るのでしょう。

しかしよく仕事をする爺さんです。ボルドーの生々しい現実をファクトの積み上げで冷たく描いた快作、『What Price Bordeax?』で華麗にデビューを飾ったのが2009年。それ以来、ほぼ一年に一作のペースで分厚い本を出し続けており(しかも自費出版)、いろんな雑誌にも書きまくっています。今回のフランス本が5冊目です。

この人、生物学を専攻する研究者や学生なら誰でも知っているとてもエライ学者さんでして、『遺伝子』『細胞生物学』なんていう教科書が何冊も日本語に訳されています。『Cell』というサイエンス系の有名雑誌を創刊、大成功させたことでも知られていまして、この雑誌はウィキに「ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌」とまで書かれるぐらいスゴイみたいです。

ルーウィン翁、1928年生まれですからもう90歳近いご高齢で、本業はとっくに引退されているのですが、老後のたしなみに始めたワインでマスター・オブ・ワインにまでなってしまい、そこからワインライターとして異常に精力的な活動をしているという相当にいろんなことが過剰な人。身内にいたら持て余しそうですね。

本はどれも科学者らしくロジカルかつ鋭利な語り口で、実に細かく数字や事実が拾われています。本が重たいので手がだるくなりますし、なんと言いますか「そこまでせんでも・・・・・・」というやり過ぎ感はちょっとありますが、どれも面白いです。ブレーキの壊れたジェイミー・グッドみたいといえば、多少はニュアンスが伝わりましょうか。時事ネタが多く本としての足が早そうなのと、どれもやたら分厚いので、私自身は翻訳してみたいという気にはなりませんが、誰か別の人がされるのは物陰からひっそり飛馬の姉のように応援します。

さて、今回のフランスワイン本ですが、いい意味で幾分ノーマルな感じでして、普通のワイン好きの人が読んでも十分楽しめる仕上がりになっているなあと。相変わらずロマンチックのロの字もない語り口ではありますが、ごくごく基本的な知識のあと、ここ最近のアクチュアルな話題を紹介という構成で、「へえ、知らんかった」ということも、あれこれ書いてあります。例によって、グラフや数字が沢山ちりばめられているのも具体的でわかりやすい。ルーウィン翁、本業でたくさん教科書を書いてきただけのことはあります。概論のあと、フランスの各産地の解説があって、最後に代表的生産者の紹介という、よくあるフランスワインの本みたいな章立てもいいですね。ちゃんと各産地を訪問して丁寧にネタを集めたようです。

大きなフランスワイン本、翻訳モノではしばらく出ていないので、日本で出してもちょっと売れるんじゃないかという気もします。英語ではジェフォードのNew France以来の、包括的なフランスワイン本ですかね。あの本は良かったのに、結局誰も翻訳しませんでしたねえ。むう。