古典発掘『The Wines of Germany』Frank Schoonmaker

posted by 立花峰夫 2015.8.2

 

フランク・スクーンメーカー(1905~76)というアメリカ人をみなさんご存知でしょうか。「20世紀のワインに貢献したアメリカ人ベスト10」を選ぶとしたら、確実にランクインするぐらいの偉人です。伝説的な凄腕ワイン商だった人で、レイモン・ボードワンとともに、1930年代のブルゴーニュでドメーヌ元詰運動を仕掛けた人といえば、ああ聞いたことあるという方もいらっしゃるでしょう。この人はまた、1940年代のアメリカではびこっていたインチキ名称ジェネリックワイン(フレンチコロンバールの「シャブリ」とか、そういうやつ)に腹を立て、アルマデンという大手メーカーと組んで、ブドウ品種名表示ワインを世に広めるということもやりました。品種名表示ワイン自体は、ウェンテが1930年代から発売していたので、スクーンメーカーの「発明」というわけではありませんが、とにかく大きなムーヴメントを起こすのがうまかった人です。

彼は、もともと旅行のライターをしていた人で、ワイン商をしながら何冊かワインの本も書きました。私が最初に訳した本、すなわち『ほんとうのワイン』(白水社刊)にスクーンメーカーのことを詳しく書いたチャプターがあって、当時もこの人にかなり興味を持ったのですが、実際に彼の本を探して読むことはしませんでした。なぜだか覚えていません。古本を探しても、見つからなかったか何かなのでしょう。

で、今週、必要があってドイツワインの本を探していたら、彼が1956年に発表したドイツワインのガイド本、『The Wines of Germany』が、アマゾンで売られているのを見つけました。

2012年に再度刊行されたようです。聞いたことない出版社で、何を考えているのかよくわかりません。有名な本ではあります。スクーンメーカーはドイツワインの専門家でもあり、第二次大戦を挟んでの二十数年間、ドイツの産地を熱心に訪問し続けた結晶がこの書物だとありました。とりあえず注文すると次の日届いたので読み始めたところ、これがまあすばらしい。60年も前の本とは思えません。もちろん、ファクトとしての情報は古いのですが、なんと言いましょうか、「ワインについての書き物」として、そのスタイルが経年劣化していないのです。たとえば、まだ現役で活躍している大御所ライターの著作でも、たとえば20年前に書いたものなんかを今開いてみると、情報自体の古さよりも、文章スタイルの古さにげんなりすることがあります。80年代のテレビドラマをYoutubeで見て、俳優の髪型や服装の古さに「ああ昭和」と思うのと似ていますかね。そういう感じが、スクーンメーカーの本にはないのです。たとえばラインガウについての一節を引用してみますと、

「ラインガウがごく小さな地域だからといって、どんなワインも同じようなものだろうなどと考えてはならない。家族の構成員が似た雰囲気になるかのような、表面的な相似以上のものはないのだ。専門家ならほぼ間違えることなく、特定のワインがどの村で生まれたかを言い当てることができる。畑(Lage)まで正確に絞り込むこともあろう。どの銘柄もどこかしら異なる個性をもっているから、ワインともに暮らし、毎日のように目にしている者にとっては古い友人の顔のように馴染みがある。たとえばホッホハイマーは穏やかで柔らかく、時に土臭い味わい(Bodenton)がかすかにある。ラウエンターラーは・・・・・・」

こういう経年劣化しない文章を書ける人が真面目に羨ましい。経年劣化するかどうかは、どんな分野であっても時間がたって初めてわかります。いまここで文章を書いている時点では、どんな立派な書き手であっても、60年後に「ああ平成」という匂いを放つようになるか、それともフレッシュなままなのか、よくわからないと思うんですよね。

スクーンメーカーが死んだとき、戦争中に軍で彼と一緒に働き、戦後もドイツワインのビジネスで交流を続けたピーター・シシェルという人物が追悼文を発表しています。その結びの言葉を引用しますと、

「フランクは、夢見るように文章を書いた。私は彼が、旅のライターを続けるべきだったのではないかと心底思う。なぜならば、フランクが一番よく知っていたのは、旅についてだったのだから」

ぐっときますね。私が死んでも、「あのひとはほんとうに何をやっても続かない、ダメな人だった」みたいなことしか言われないと思うんで、やっぱり羨ましい。スクーンメーカーについて、もっと詳しい話が知りたい人は、『ほんとうのワイン』の第四章と巻末付録(追悼文2本)を読んでください。